学び舎の会体験・移住型農業



田舎には森羅万象の知識や経験がある

ことのほか、私たちは自然相手には無力です。雨が降って欲しいと思っても、晴天を求めたいと思っても、暑さも寒さもコントロールできません。ただじっと自然に委ねるしかありません。

しかし自然に対して受け身であることの中から、私たちはさまざまなことを学んでいくのです。それは直接的な農耕のための知識や経験として蓄えられるだけでなく、人間も自然の大きな環境の中で生かされているのだということや、自然に翻弄されることを繰り返していくうちに、いつしか自然のことを学び、知り尽くすようにもなるわけです。

米づくりであれば、人間が経験できるのは自分の寿命をこえる年数の経験を重ねることは出来ません。仮に一生に70回経験したとしても、70回ともすべて同じ年はありません。失敗はだんだん少なくなっていくでしょうが、終りというものはないのです。

畑も果樹園でもそうです。少しずつ栽培技術は向上するでしょうが、なかなか満足のいくものではないと農業専従者は言います。農業専従者になればなるほど、そう言うものです。

しかし、人は死んでも知識や経験は遺されていきます。その土地ごとに様々な技法や経験則がいまもあります。なのにそれを受け継ぐ者がいない現状があります。

雲の動きや風の向きで、数時間後の天気を肌で感じることは、その土地に生きる人ならそれほど珍しいことではありません。草花をみて、これからの訪れる夏の暑さや冬の寒さを感じとることの出来る土地の人がいます。

そうした森羅万象の知識や経験があるところが「田舎」であり、それを感じて生きていくことが「百姓」になることだと言えるのかも知れません。

田舎暮らしの出発点

自然のことを学びながら、次第に知り尽くしていくのが「田舎」で暮らすという原点にあるはずです。森や林、山や川とつきあううちに、私たちは肉体を通して自然と仲よくなることができるのです。つまり、自然を知ることができるようになるわけです。

それをいま求めているのが「田舎暮らし」を意識している人々なのです。農業生活とも農村生活とも違う概念で、自然にやさしい生き方、生態系を守る生き方、生命を大切にする生き方、自然体で過ごす生き方、そんな生活を求めつつ「人間の尊厳を守って」力強く生き抜いて行く憩いの場。

これまでの自然破壊、環境悪化、人間中心主義、モノやカネに価値を置く物質主義を見直し、自然と人間の共生、食糧と環境の保全などを重視し、真の豊かさを追求し、日々の生活のなかにでも少しずつ農的要素を取り入れていこうとする方がいま大変増えています。

学び舎の会では、そうした方々へ向けて、生活の中に農を取り入れられる様々なサービスをご提供して参ります。

体験交流

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滞在型市民農園

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定住田舎暮らし

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市民農園

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オーナー制度

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地域居住生活型

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